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東京地方裁判所八王子支部 平成8年(ワ)1564号 判決 2000年12月25日

原告 A野花子

右訴訟代理人弁護士 鈴木亜英

同 山本哲子

同 長尾宜行

同 土橋実

同 尾林芳匡

同 三村伸之

同 加藤健次

同 吉村清人

被告 青梅市

右代表者市長 田辺栄吉

他5名

右六名訴訟代理人弁護士 橋本勇

同 三木浩一

主文

1  被告青梅市は、原告に対し、金九〇万円及びこれに対する平成五年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告青梅市に対するその余の請求並びに被告B山松夫、同C川竹夫、同D原梅夫、同E田春夫及び同A田夏夫に対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告青梅市の、その余を原告の各負担とする。

4  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金三三〇万円及びこれに対する平成五年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告青梅市(以下「被告市」という。)の市議会が設置した特別委員会による調査及びその結果の公表の過程において、プライバシー権、名誉権、思想良心の自由、結社の自由、請願権等が侵害されたとして、被告市に対しては国家賠償法(以下「国賠法」という。)一条一項に基づき、被告市市議会議員で、右特別委員会の委員であったその余の被告らに対しては民法七〇九条に基づき、不法行為に基づく損害賠償として、慰謝料三〇〇万円及び弁護士費用三〇万円の合計三三〇万円並びにこれらに対する不法行為の日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを求めた事案である。

第三前提事実

次の事実は当事者間に争いがないか、証拠により容易に認められる。

一  被告らの身分

被告青梅市「以下「被告市」といい、団体としての青梅市と区別する。)は地方自治法の定める普通地方公共団体であり、被告B山松夫、同C川竹夫、同D原梅夫、同E田春夫及び同A田夏夫(以下単に「被告B山」のようにいい、被告市を除く被告らを併せて「被告議員ら」という。)は、平成三年四月に行われた青梅市議会議員選挙で当選し、平成七年四月三〇日までの任期中、後記三に記載する本件特別委員会の委員の地位にあったものである(争いのない事実)。

二  事案の背景

1  青梅市の最西部に位置する沢井・御岳地区は、青梅市立第六小学校(以下「六小」という。)及び青梅市立第五中学校(以下「五中」という。)の学区域であったが、昭和四八年、青梅市立西中学校(以下「西中」という。)が新設されたことに伴いそれまで二俣尾に置かれていた五中が廃校となり、沢井にあった六小本校が五中の跡地に移され、六小二俣尾分校は廃された。その際残された六小御岳分校も昭和六一年度をもって廃校となった。こうして、沢井・御岳地区に居住する児童・生徒の通学距離は長くなり、交通機関を利用して通学することを余儀なくされる者も出た。青梅市は、同地区の児童・生徒の保護者に対し通学費を補助していたが、昭和六二年度からこれを原則として廃止することとした(争いのない事実)。

当時市議会議員であったB野秋子(会派・日本共産党、以下「B野前議員」という。)は、昭和六二年の青梅市議会においても取上げたところであったが、昭和六三年六月一一日の青梅市議会本会議において再度、沢井・御岳地区の通学児童・生徒を有する家庭に対する通学費補助を復活すべきことを訴えて市当局の見解を質したところ、被告市教育委員会教育長原島英雄(以下「原島教育長」という。)は、当該通学費補助は、小学校、中学校の移転に伴って廃止される学校に通学する児童・生徒に係る通学費の増高を補う趣旨でなされたものであるから、当初から時限的な措置であり、復活は考えていないと、昭和六二年度の市当局者と同旨の答弁をした。

2  平成二年の秋から暮にかけて、通学費補助の復活を求める沢井・御岳地区の住民の間で署名運動を始めようという機運が盛り上がり、翌平成三年一月、C山冬夫、D川一江(以下「D川」という。)及びE原二江(以下「E原」という。)が代表者となって、「通学費の補助をふやす会」(以下「ふやす会」という。)が結成され、通学費補助復活を公約に掲げていた当時市議会議員であったB野前議員のアドバイスの下、署名活動や、被告市に直接働き掛けをする運動を開始することとなり、原告もふやす会の一員としてこれに参加することとなった。

3  ふやす会は、「陳情書」と題する書面を用いて、同年三月上旬ころから署名活動を始め、二か月余りの間に七三一名の署名を集めた(以下「本件署名活動」という。)。右書面によれば、陳情の要旨は「御岳、沢井地域から六小、西中に通学する児童・生徒に通学費の補助を支給していただきたい。」というのであり、陳情の理由は、要旨、小学校、中学校の統廃合に伴い、その後一〇年に限り、学校が遠くなって通学費の重くなった差額の費用だけ青梅市が支給をしていたところ、昭和六一年をもって一、二年生以外の児童・生徒については支給を止めたが、実情は児童・生徒を抱える家庭の負担が重いということであるので、改めて補助を支給して貰うように陳情する、というのであった。ふやす会の代表者三名及び原告を含む約一〇名の同会参加者ら、B野前議員並びに平成三年四月に行われた市議会議員選挙で初当選したA川三江(会派・日本共産党、以下「A川議員」という。)は、同年五月一六日、原島教育長に面談を求めて陳情を行ったが、事前に約束ができていたにもかかわらず原島教育長は所用による不在を理由に会わず、代わって同教育委員会学務課長外一名の職員が対応した。ふやす会参加者らは、右学務課長に対し、前記署名が記載された陳情書を提出して(以下「本件陳情書」という。)通学費補助の必要性等を陳情するとともに、一〇日程度のうちに陳情についての原島教育長の回答を貰いたい旨申し入れたが、その後、何ら回答がなかった。

4  ふやす会参加者ら六名、B野前議員及びA川議員は、同年七月一二日、予め面会の約束を取り付けたうえ、青梅市長田辺栄吉(以下「田辺市長」という。)及び原島教育長に対し、面談を求めて陳情を行ったが、原島教育長はその折も所用を理由に在庁しなかった。一方、田辺市長は、面談の席上、通学費補助の復活について否定的見解を示しながらも、「通学費補助の問題は、市長から独立している教育長、教育委員会が教育行政の中で考えることであり、そこで補助を出すということになれば、市長の考えを押し付けない。」旨述べた。

5  ふやす会の参加者らは、同年八月二九日、会合を持ち、原島教育長に対して再び面談を求めることを決め、D川及び原告が被告市教育委員会に電話をかけ、応対に出た同教育委員会の関係者に対して原島教育長との面会を申し入れたが、右関係者は「市長が行政の最高の責任者であり、市長が既に面会して話をしてあるので、教育長と会っても話しは同じです。会いません。」と回答して、右申入れを拒絶した。

6  A川議員は、同年一〇月一七日、被告市定例市議会の本会議における一般質問の中で、通学費補助に関する問題を取り上げ、同じ市内にいながら沢井・御岳地区の通学児童・生徒を持つ家庭の通学費負担が重いから補助をすべきではないかとして市長の見解を質し、次いで、「市長にお願いすると、教育長の裁量だ、教育長の所へ行くと市長の考え方次第だと、お互いに責任逃れをしているところもありますので、この際、教育長にもお伺いします。」と前置きした上、原島教育長に対し、現下の事情のもとで、義務教育は無償とするとの憲法二六条の規定の趣旨をどのように理解しているか、また、その見地に立って教育諸条件の整備確立に係る青梅市の責任は十分に果たされているのかどうか、見解を聴きたい、と質問した。これに対して、原島教育長は、補助の問題については従来の市当局の答弁のとおりの方針を変えるつもりはない、教育諸条件の整備についてもできる限り努力をしていると答弁し、「ご質問の中で、教育長は市長の考え次第だというふうに答えたということでございますけれども、そのような話し合いの場へ出席したこともございませんし、したがいまして、そのような発言をしたことは全くございません。極めて無責任な発言ではないかな、こんなふうに思いますので、その発言は取り消していただきたいと、こんなふうに思っております。」と付け加えた)。

三  本件特別委員会の設置等

右本会議休憩中の同日午後六時一一分、右のA川議員の発言と原島教育長の答弁の取扱いをめぐり、市議会議会運営委員会(以下「議運」という。)が開催された。A川議員は、議会の空転を避けるため、B原四江議運委員(会派・日本共産党、以下「B原議員」という。)を通じ、右発言を取り消す旨伝えたが、議運委員であった被告E田は、それだけでは教育長の人格が全然尊重されていないなどと主張して対立した。そして、翌一八日午前一時四四分に再開された議運において、被告E田が「今回の質議の事実関係を解明すること」を目的として地方自治法一一〇条一項所定の特別委員会の設置を提案し、その後、同日午前六時三五分に再開された議運において、「教育行政事務の調査に関する特別委員会」(以下「本件特別委員会」という。)の設置を提案すること、本件特別委員会に対して地方自治法一〇〇条に定める調査権限を与えること等を内容とする動議を市議会本会議に提出することが賛成多数で可決され、同日午前七時二三分に再開された市議会本会議において、市議会議員C田一郎(以下「C田議員」という。)が右動議を提出し、質疑の後、右動議が可決されて本件特別委員会が設置され、その委員として被告議員ら外三名(委員長は被告B山)が選任された。

本件特別委員会は、設置後手続問題を検討した後、平成三年一二月二〇日の第四回特別委員会以後、原島教育長を参考人として招致して義務教育費等に関する基本的な見解について一〇項目にわたってその見解を聴き、西中の元PTA会長から通学費差額補助について意見を聴き、その後平成五年一月一四日にはD川、E原を、同年二月一日になって原告をいずれも参考人として招致し、原告に対しては、後記のとおり、通学費の補助をふやす会の成立過程、A川議員とのかかわり、市長との交渉の予約をとった経緯について質問をし、さらに交渉に参加した者の名、運動のとりまとめ役などについても質問した。委員の中には、署名運動がなされたときにはA川議員はいまだ議員でなかったとか、署名運動ではなく、請願にして紹介議員を募れば良かったのではないかという指摘をする者もあった。そのほか、本件特別委員会はA川議員を四度証人として喚問し、田辺市長からも参考人として意見を聴き、同年三月一五日まで都合一三回の会議を開いた。

他方、本件特別委員会の設置については、その理由が十分でないとして、B原議員が、設置の議決は市政にとっても議会にとっても前代未聞の不名誉であり、不当であると発言し、また、A川議員も平成四年三月二日の市議会定例本会議において、一〇〇条委員会が不当にも設置されたと発言して、これに激しく反発したところ、C田議員が後者を捉えて、A川議員のその発言は、正規の議事手続に基く市議会の議決を無視し、議会を侮辱するものであると同時に、議会の名誉をも傷つけるものであるとの理由でA川議員に懲罰を科すべきであるとして懲罰の動議を提出し、続いて被告E田もこれを補足して発言し、動議は懲罰特別委員会に付託された上、公開の議場における陳謝を命ずべきことが決議された。ところが、A川議員がこれを拒んだことから、右決議に従わないことについて重ねて懲罰に科すべきであるとの動議が提出され、議決されたが、A川議員は再びこれを拒否した。これを取り上げて三度懲罰の件が審議され、平成四年一二月三日の本会議において三日間の出席停止の懲罰を科すことが議決されるに至った。このようにして議会は大いに紛糾した。

四  D川及びE原からの意見の聴取

本件特別委員会は、平成五年一月一四日に開催された第九回委員会において、D川及びE原から意見の聴取を行い、被告議員らは、その際、D川及びE原から原告が本件署名活動に関与していたことを聞き出したばかりでなく、ふやす会の名称の提案、本件陳情書の作成、授受、回収、被告市との連絡など、本件署名活動を細部にわたり調査し、その中で、原告の本件署名活動への関わり方についての詳細な情報を入手した(《証拠省略》によると、本件陳情書やふやす会が配布したビラには原告の氏名は記載されていなかったこと、A川議員は、本件特別委員会において証言した際、原告の氏名を明らかにしなかったこと、本件調査報告書には、D川の発言として「この署名用紙は、たしかA野さんから渡され、回収してくれたのもA野さんだとおもう。私は、A野さんから陳情書をあずかって地域の方に署名を願いしただけであり、」との記載が、E原の発言として「この署名用紙は、多分D野さんが動いて、A野さんから幅広く配られたものと思う。また、終わった署名用紙は、D野さんが回収された。陳情書の文面も、A野さん、あるいはその関係者によってつくられたものと思う。私は、A野さんから陳情書をあずかって地域の方に署名をお願いしただけであり、」との記載がそれぞれ存すること、被告B山が、後に原告から意見を聴取するに当たり、原告に対し、本件特別委員会による調査の経過から、原告に参考人として尋ねたいいくつかの点が浮かび上がって来た旨説明していることが認められ、これらの事情を総合すると、本件議員らは、D川及びE原からの意見の聴取において、右両名から、原告が本件署名活動に関与していたことやその関与の具体的内容を聞き知ったことを推認し得る。)。

五  原告からの意見の聴取

本件特別委員会は、平成五年二月一日午後一時一六分から午後二時五三分にかけて開催された第一〇回委員会において、原告からの意見の聴取(以下「本件意見聴取」という。)を行った。その際に被告議員らから原告に対してなされた質問は、要旨、以下のとおりである(原文言に沿って文中に謙譲表現を残す。)。

1  被告B山の質問

① 六小の移転、西中の統合に伴う通学費の補助について、関係PTA役員等と教育委員会とで協議がなされたことについて、どのように承知されておりますでしょうか。

② 六小の場合、御岳地区自治会、PTA役員等と教育委員会の協議の結果、通学費の補助は昭和五一年九月一日から「当分の間」支給するとのことでありました。特に期間については「当分の間」ということでありましたが、昭和六二年三月までの一〇年間余にわたって支給されてきたところであります。また、西中につきましては昭和四八年四月から支給され、「当分の間」ということでありましたが、実際には昭和六二年三月末まで一四年間にわたって支給されてまいりました。このような経過をふまえて、青梅市教育委員会とPTA関係者あるいは地元の関係者との間では合意の上、通学費の補助が廃止に至ったことについて、どのように認識され、かつ御判断なさっておられますでしょうか。

③ 陳情書に書かれております会の代表者と事実上の代表者とは異なることになると思われますので、実際にはどなたがこの会の発起人であって、どのような方々がお集まりになって会が作られましたか。そして、陳情書はどなたがお書きになったのか。またこの陳情書の印刷はどなたがなさって、どのようなルートで配布されましたか、お尋ねをいたします。

④ A野さんはどなたとどなたに署名用紙をお渡しになられ、またその回収はどのようになさいましたか。

⑤ この署名活動の期間はいつころからいつころまでだったでしょうか。

⑥ この署名された陳情書はどなたが集約され、その後市長へ提出されるまでの間、どなたが保管されておりましたでしょうか。

⑦ 平成三年五月一六日に市長に対し陳情書が提出されておりますが、その際、A野さんもこの要請行動に参加されておりましたか。

⑧ 市長への要請行動について、どなたから御連絡を受けて参加されましたか。そして、一緒に行動された方はほかにどなたとどなたでしょうか。

⑨ 市長への要請行動の際、どなたが陳情書を持参されましたでしょうか。

⑩ 一般的に、選挙と近い時期にこの種の政治活動をすることは、公職選挙法上疑義があるといわれておりますし、(中略)さらにA川三江君は市議選の公約として「市民犠牲でため込んだ積立金二九四億円を福祉、教育に」と訴えておられます。しかし、当時平成二年度末の市財政は、基金として三〇四億円余を積み立てていたものの、市債等として四八二億円余を借り受けており、これらを差し引きすると約一七八億円のマイナス財政となっております。(中略)、A川三江君はこの辺の市財政の実態を知っていて、故意にこのようなことを市民に訴えられたのだとお思いになりますか。(中略)、またさらに、A川三江君の選挙公約の中に、通学費補助復活が訴えられていること等からいたしましても、一段と公職選挙法との関係において疑問点が出てまいりますが、これらの点についてはいかがお考えでしょうか。

⑪ この署名活動を指導された方々、そしてA野花子さんにおかれましては(中略)六小移転、西中統合の協議の中で、関係PTAや自治会等と教育委員会等との話し合いにより、お約束された期間よりも大変長い期間にわたって通学費の補助が支給され、かつこれらの経緯の中から円満に合意に達して廃止の運びに至ったことを御存じなかったでしょうか。

2  被告D原の質問

① この陳情活動に際して中心的な役割を果たしておられた参考人・A野花子さんは、当時その地区の自治会、婦人会、あるいはPTAといった組織に入っておられましたか。

② 各組織の中のあなたは役員になられておられましたか。

③ 地域に関わるこういう諸問題(中略)を行政に働きかける場合、地元の自治会とか、地元の市議会議員の方々に相談をしながら行動することが極めて一般的、かつ妥当な方法であると思いますが、この点参考人はどう思いますか。

④ 今回、問題の陳情書は、「通学費の補助をふやす会」なるものが陳情者となっておりますが、(中略)その年の四月に行われた地方議会選挙に立候補し、当選された議員の属する政党と密接な連携があったと考えざるを得ないわけでありますけれども、参考人はこの政党と「通学費の補助をふやす会」との関係をどう理解されておりますか。

3  被告E田の質問

① この署名活動を明確に申し上げますと、(中略)一定の候補者の選挙運動のためにやられたような感じがするわけでありますが、(中略)どうしても私はあなたがこの署名運動の中心になっているということで解釈せざるを得ないわけですね。(中略)どうしてもあなたが中心にいたとかいう認識を持つんですが、それは間違いでしょうか。

② 署名簿の代表にあなたが入っていないというのは不思議ですな。いかがです。

③ あなたがいろいろなところに指示したり、いろいろなことをやっているんじゃありませんか。

④ (C山さん、D川さん、E原さん)は、あなたから依頼されたり、B野秋子さん、A川さんから依頼されたということで、署名用紙もあなたが一部集めているんじゃありませんか。

4  本件意見聴取が行われた議会会議室は二〇坪程度の広さであり、その部屋の中に、原告を取り囲むようにして、市議会の正副議長のほか、被告議員らを含む本件特別委員会の委員など、議員一〇名、さらに、被告市の職員や速記者などがいた。

六  本調査報告書の公表及び可決

平成五年三月一八日、市議会本会議において、本件特別委員会による調査の結果が報告されることになった。議長は、地方自治法一一七条を理由にA川議員の退席を求めたが、同議員はこれに応じなかった。報告は、青梅市内全域の自治会役員五〇名以上が傍聴する中、本件特別委員会委員長であった被告B山が「調査報告書」(以下「本件調査報告書」という。)を朗読することによって行われた。本件調査報告書は、本件特別委員会が設置されることになった経緯に触れて、A川議員の先の発言について、発言の後に開かれた議運において、A川議員の発言と原島教育長の答弁と、いずれが真実であるかについて結論を得なかったために設置に至ったとまとめ、通学費補助の問題については、教育長、市長のほか元西中学校のPTA会長から参考人として意見を聴いた結果、昭和六二年四月に保護者宛の通知書をもって知らせた補助の廃止は、その後四年余を経過しても市に対して保護者、PTA等から何らの意見もなく、保護者からPTAに補助の希望が寄せられることもなかったとの経緯が明らかになり、多摩地区、他市との生徒指導関係経費に係る教育長の報告内容にも照らして、市当局の措置は妥当であり、他方、A川議員は前記発言に止まらず事実に基づかない質問をすることがあると述べる議会事務局長の報告を援用し、最後に、D川、E原の参考人意見、C山冬夫の書面による回答に原告やA川議員の意見を総合考慮すると、「質問の背景となった通学費差額補助運動についてもA川三江君自身が市議会議員候補者として選挙公約に掲げた内容であること、また署名運動が進められた時期を見ても市議選告示期間にもかかわりがあると見られるなど、実は本件に係る署名運動は市民のためではなく、証人自身の市議会議員選挙運動への有利な武器として利用しようとする意図があったとの疑いが持たれる。」のであり、本件署名活動は、「陳情書本文の作成、印刷、配布、『通学費補助をふやす会』の設立、青梅市と教育委員会への要請交渉など、B野秋子前議員、A川三江議員、A野花子さん、D野五江さん等の共産党関係者が実質的に署名運動を推進しながらも表には出ないで、全く政治的意図を持たない市民3名を代表者として立てるなど、非常に巧妙な選挙運動の一貫(ママ)としての署名運動であったものと言わざるを得ない。特に、当時のB野秋子議員及びA川三江君が具体的な方法を示しながら選挙運動まがいの署名運動を地域住民に勧めていた行為は、公職選挙法に抵触するおそれがあり、まことに憂慮にたえない点である。」と結論づけるものであった。報告は、その後質疑討論を経て、賛成多数で可決、承認された。

その後同年三月三〇日に開かれた会議において、A川議員に対し、本件特別委員会の報告にそって、A川議員を問責する旨の決議が賛成多数で可決された。

七  本件広報誌の配布

平成五年四月末から同年五月初めころにかけて、市議会の広報誌である「おうめ市議会だより」(平成五年五月一日付け第一三五号、以下「本件広報誌」という。)が青梅市内の全世帯に対して配布され、その第七面に「教育行政事務の調査に関する特別委員会調査報告を可決」との大見出しに「調査の結論」という小見出しを付け、本件調査報告書の結論部分の全文が掲載された。なお、右掲載に当たり、原告の氏名は「Aさん」に置き換えられた。

第四争点及び当事者の主張

一  本件特別委員会の設置が違法であるか

1  原告の主張

本件特別委員会の設置は、設置の必要性や調査事項の特定性など地方自治法上の設置要件を欠くものであるうえ、被告議員らを始めとする市議会多数派が本件特別委員会を設置したのは、通学費補助の復活を求める本件署名活動を嫌悪し、その要望を取り上げたA川議員に事実上の制裁を加えるとともに、本件署名活動そのものを抑圧しようという違法不当な目的によるものであったから、本件特別委員会の設置自体が原告に対する関係で不法行為に当たる。

2  被告らの主張

(一) 本件特別委員会の設置の適否は、本件訴訟の成否に関わりのない事実である。すなわち、本件特別委員会の設置が適法であったか否かは公法上の問題であり、同委員会での意見聴取により参考人に損害賠償請求権が発生するか否かは私法上の問題であって、原告の請求が成立するのは、原告からの意見の聴取が名誉毀損等の不法行為に当たる場合か、原告に参考人として出頭を請求したこと自体が不法行為に該当する場合に限られる。

(二) 本件特別委員会の設置は、地方自治法一一〇条一項及び青梅市議会委員会条例六条に基づくものである。そして、議会における委員会は、議会の内部的な機関として構成されるものであり、その機能は議会の予備審査的性質を有するものであるところ、議会の調査及び審査の機能は、議会が有する議決権、選挙権、監視権、意見表明権及び自律権の行使に資するためのものであって、その対象は当該地方公共団体の事務全般にわたり、特別な制限はないから、議会がこれらの権限を行使するために予備的審査を行うことが必要であると考える事件について特別委員会を設置することができるのは当然のことであり、特別委員会にいかなる事件を付議するかについての制限はない。さらに、地方自治法一〇〇条に基づく調査の範囲については、「通常は現に議題となっている事項、若しくは将来議題に上がるべき基礎事項(議案調査)につき調査し、又は世論の焦点となっている事件(政治調査)等につきその実状を明らかならしめ、その他一般的に地方公共団体の重要な事務の執行状況を審査(事務調査)することをいう。」とされており、その範囲について何の限定もされておらず、同条に定める強制的な方法を伴わない通常の調査又は審査を行うについて、これよりもその対象を限定すべき理由はない。本件特別委員会は、市議会において義務教育における通学費補助の問題を取り上げたA川議員の質問における住民の要望に対する被告市の対応に関する前提事実が真実と異なるのではないかということを中心として、被告市における教育行政事務を調査するためのものであり、その設置に違法な点はない。

二  D川及びE原からの意見聴取が違法であるか

1  原告の主張

被告議員らがD川及びE原からの意見の聴取において入手した原告に関する情報は原告のプライバシーに関わる事柄であり、被告議員らはこれらの事実を原告の意思に反して強制的にD川及びE原から取得し、本件特別委員会の調査に利用したものであるから、D川及びE原に対する意見聴取は原告のプライバシー権を侵害するものとして、原告に対する関係で不法行為に当たる。

2  被告らの主張

原告は、D川及びE原からの意見聴取において自分の氏名が聞き出されたことが違法であると主張するが、右主張には理由がない。

(一) そもそも、D川及びE原に対する意見聴取は本件訴訟における要件事実とは関係がない。

(二) ふやす会が一般に配布した「通学費署名のお礼」と題するビラにはふやす会の代表者や参加者の氏名が明記されており、本件署名活動に関与した者の氏名が秘密とされていたわけではない。

(三) D川やE原に対しては、参考人として本件特別委員会への出頭を要請し、意見の陳述を求めたものであって、強制的な方法によるものではない。

(四) 署名活動は、単なる個人の私生活を超え、一般の批評や評価の対象となる社会的活動の領域に属する行動であるから、そのような行動を行う以上、自らの関与が公になることは当然に予測していたはずであり、また、そのことを予測していなかったとしても、本件署名活動が正当な市民運動であるならば、裏側で隠密裡にそれを推進し、あくまでも自らの関与を秘密とすることに保護されるべき正当な利益があるはずはない。さらに、本件陳情書において要請されている施策の採否を決する立場にある被告議員らが、それに積極的に関与した者が誰であるかに関心を持つことは職務上当然のことであり、たとえ参考人として出頭した者にそのことを質問することにより原告の氏名を知り得たとしても、それが不法行為を構成することはない。

三  本件意見聴取が違法であるか

1  原告の主張

本件意見聴取は、次のとおり、原告の人権を侵害するものであり、不法行為に当たる。

(一) プライバシー権侵害(憲法一三条違反)

(1) 本件署名活動や被告市への陳情、要請を行うこと自体は社会的活動であるとしても、原告がその活動に参加したか否か、どの程度関わりを持ったかの点は、原告の私生活上の事実であるうえ、一般人の感受性を基準にして、原告の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄であり、かつ、一般の人にいまだ知られていない事柄であったから、本件意見聴取のうち、原告がふやす会の事実上の代表者であり、本件署名活動全体を統括していることを前提になされた質問(例えば、ふやす会の設立発起人は誰か、本件陳情書は誰が作ったか、印刷は誰が行ったか、本件陳情書はどのようなルートで配布されたか、原告は誰に本件陳情書を渡したか、誰が持参したか等のふやす会の組織の実態、運動の細部にわたる質問や、原告がふやす会の中心人物であり、事実上の代表者であったのではないかという質問)は原告のプライバシー権を侵害するものである。

なお、原告は、ふやす会の代表者として氏名を公表したわけではなく、あくまで補助的な立場で本件署名活動に関わったものであり、ごく限られた範囲の者に自分の氏名が知られることや、被告らに自分が署名をし、陳情に参加したことを知られることは承知していたが、それ以上のプライバシー権を放棄したものではない。本件意見聴取は、原告の本件署名活動への関わり方を洗いざらい公開し、原告の私生活の相当部分を暴露することを求めるものであって、原告はそのような本件署名活動への関わり方の細部にわたることまで他人に知られてもかまわないと考えていたわけではない。

(2) 自治会、婦人会あるいはPTAという組織が社会的な存在であるとしても、それらに加入するか否かは各人の任意であり、そのような任意の組織に原告が加入していたか否か、さらには役員となっていたか否かという事項も原告のプライバシーに関する事柄であるから、本件意見聴取のうち、右の事項に関してなされた質問もまた原告のプライバシー権を侵害するものである。

(3) なお、被告らは、原告はあくまで参考人として質問されたものであって、発言を強制されていたわけではなく、実際に、いくつかの質問に対して自らの意思で返答を拒否したとして、本件意見聴取はプライバシー権の侵害にはならない旨主張する。

しかしながら、原告は、正式な文書で本件特別委員会への出頭を要請されたものであって、しかも、被告B山に対し、事前に電話をかけ、出頭しなかったらどうなるのか質問したところ、同被告は、もう一度おいでいただくことになる旨回答したのであって、原告は右出頭要請に応じなければ出頭するまで何度でも呼出が続くとの恐怖感を募らせて本件特別委員会に出頭したものである。また、本件意見聴取は、市役所庁舎という権力の集中する建物内の一室において、公権力を有する市議会の正副議長を始め、本件特別委員会の正副委員長、委員など市議会議員一〇名、さらに被告市職員を合わせて一四、五名にコの字型に囲まれ、全員の目と耳が原告の態度、返答の一言一句に集中する中で、一時間強にわたりなされたものであり、原告にとって、およそ自由な雰囲気の中で自発的な発言ができる状況ではなかった。さらに、被告議員らの質問は威圧的、高圧的であり、原告が返答すると同時に間髪を入れずに次の質問がなされ、原告が返答を拒否した事項についても何度も執拗に尋ねるものであった。これらの事情に照らすと、本件意見聴取は事実上の強制の下で行われたものであり、原告がそのいくつかに対して返答を拒否したとしても、それをもって、プライバシーに関わる事実の開示を強制されたものではないということはできない。

(二) 思想良心の自由の侵害(憲法一九条違反)

被告議員らは、本件意見聴取において、原告がふやす会の事実上の代表者であることを前提として、A川議員の所属政党とふやす会との関係を質問し、さらには、市議会議員選挙と近い時期に行われた本件署名活動は公職選挙法上疑義があるとの質問をしたのであるが、これらの質問は、その前提として、原告が日本共産党を支持していることの表白を求めたものであり、原告の思想良心の自由を侵害したものである。

(三) 結社の自由の侵害(憲法二一条違反)

本件意見聴取はふやす会の内部構成や運動の詳細を調査して情報を得ようとするものであって、そのこと自体が結社の自由に対する侵害であるうえ、被告議員らは、本件意見聴取に当たり、原告に対し、市議会議員選挙に間近い時期に本件署名活動を行ったことが公職選挙法に違反する違法な活動であるかのごとき指摘や、地元自治会や地元選出の市議会議員に相談をせずに行ったことが不相当である旨の指摘をしたものであり、かかる指摘は、本件署名活動が違法あるいは不相当であると一方的に決めつけ、原告に罪悪感を植え付け、もって、ふやす会の運動を抑圧したものである。

(四) 請願権侵害(憲法一六条違反)

原告が、ふやす会の一員として署名を集め、被告市に対して通学費補助の復活を要望したのは請願権の行使であったところ、本件意見聴取は、原告に対して精神的な衝撃を与え、原告をして通学費補助復活の運動を継続することを不可能ならしめたのであり、もって、原告の請願権を侵害したものである。

2  被告らの主張

本件意見聴取は、何ら原告の自由意思を束縛したり、その権利を侵害するようなものではなかったから、不法行為には当たらない。

(一) 原告に対する意見陳述の要請は、地方自治法一〇〇条に定める強制力を行使する調査としてではなく、同法一一〇条四項により準用される同法一〇九条五項に基づくものであり、参考人が出頭若しくは意見陳述を拒否し、または虚偽の陳述をしたとしても、それに対する制裁は何もない。

(二) 原告に対する本件特別委員会への出席依頼は、「委員会出席要請書」をもってなされたが、そこには、「青梅市議会教育行政事務の調査に関する特別委員会の参考人として、ご多忙のことと存じますが下記によりご出席下さるようお願いします。」と記載されており、強権的な色彩は全くない。そして、原告は、この要請書を受け取り、本件署名活動でアドバイスを受けていたB野前議員やA川議員に相談することもなく、自らの判断で本件特別委員会に出席したものであり、その出席が強制されたものでないことは明らかである。また、原告に対して本件特別委員会に参考人として出席を依頼した理由は、市民からの陳情等について原島教育長と田辺市長が責任逃れをしているというA川議員の質問に問題がなかったかどうかを明確にするために、行政対応が適切であったかどうかについて地域住民がどのように認識しているかを聴取することにあったのであるから、その点にも問題はない。

(三) 本件意見聴取は、終了時刻(午後二時二〇分)を予定したうえで、午後一時から開始された。そして、委員長から原告に対する出席を依頼した理由を説明した後、順次質問が行われたが、原告は自分が答えたくない質問に対しては意見の陳述を拒否した。ところで、原告は、本人尋問において、B野前議員の政治活動を支持していたこと、通学費補助の件についてD川やE原らから話を聞いていたこと、平成三年一月ころに本件署名活動のための会合が開かれ、D川にふやす会の代表者になるように依頼したこと、市役所への陳情に同道したこと、右陳情後の会合に出席したことなどについて、これらのことは他人に知られたくないというものではないと明言し、また、本件署名活動に共産党所属の市議会議員が関与していたことは公然の事実であったにもかかわらず、原告はこれらに関する質問についてさえ陳述を拒否したのであるから、本件意見聴取は何ら原告の自由意思を束縛したり、権利を侵害するようなものではなかったことは明らかである。なお、特別委員会への出頭のために原告が多少の緊張感を感じたとしても、それは慰謝料によって補填されるべき損害をもたらすようなものではない。

四  本件調査報告書の公表及び可決が違法であるか

1  原告の主張

本件調査報告書が市議会本会議で公表されたこと及び報告書として可決されたことは、次のとおり、原告の人権を侵害するものであり、不法行為に当たる。

(一) 名誉権侵害(憲法一三条)

(1) 本件調査報告書は、本件署名活動の経過等を詳細に記載し、具体的な事実を摘示したうえ、本件署名活動は、共産党関係者である原告らが政治的意図を有しない市民を利用して行った巧妙な選挙運動の一環である旨結論づけているものであって、原告らが政治的意図を有しない市民を欺いて共産党のために利用したという点、市議会議員選挙間近の時期に行った選挙運動であり、公職選挙法違反の違法な行為であったという点、原告がその首謀者の一人であったという点の三点において原告の名誉すなわち社会的評価を著しく低下させる内容であるばかりでなく、右の三点はいずれも全くの虚偽であり、独断と偏見に満ちた一方的な決めつけである。

(2) 本件調査報告書は市議会本会議で原告の実名を挙げて公表されたものであり、市内全域から集った自治会役員が傍聴したことにより、瞬く間に市内全域に伝播されることとなったばかりか、正式な報告書として可決、承認されたため、以後永久に市議会に保存され、市民がいつでもこれを目にすることができることとなった。

(二) プライバシー権及び思想良心の自由の侵害

本件調査報告書の公表において、原告は共産党関係者と断定され、公表されたものであり、これは原告のプライバシー権及び思想良心の自由を侵害するものである。

(三) さらに、本件調査報告書の公表及び可決は、原告の結社の自由及び請願権を侵害した。

2  被告らの主張

本件調査報告書は、本件意見聴取における原告との問答を正確に取りまとめたものであって、その内容は虚偽ではない。また、原告が人に知られたくないと思っていた事実や秘密とされていた事実が記載されていたものでもない。

五  本件広報誌の配布が違法であるか

1  原告の主張

本件広報誌の配布は、市議会本会議における本件調査報告書の公表と同様、原告の名誉権、プライバシー権、思想良心の自由、結社の自由、請願権の各権利を侵害するものであり、不法行為に当たる。

(一) 市議会広報誌は、一般的に、商業マスコミに比べて格段に信憑性が高く、その記載は、真実であると考えられている。しかも、本件広報誌においては、本件調査報告書が市議会本会議で可決されたことも大見出しで記載されたから、その記事の内容は、より一層信憑性が高く、正当性を裏付けられたものとして受けとめられた。その結果、原告の前記の各権利、殊に名誉権の侵害は一層深刻なものとなった。

(二) 本件調査報告書が公表された市議会本会議には青梅市内全域から五〇名以上の自治会役員が傍聴に訪れていたため、原告の実名はこれらの者を通じて青梅市民の間に伝播したから、本件広報誌に原告の実名が記載されなかったとしても、原告の前記各権利が侵害されたことに変わりはない。

2  被告らの主張

本件広報誌の記事は、本件調査報告書と同様、原告が人に知られたくないと思っていた事実や秘密とされていた事実が記載されていたものではないうえ、原告の氏名が匿名とされており、何ら非難されるべき点はない。むしろ、原告は、本件広報誌が発行される前に、自ら配布した「渓流」と題したビラにおいて、自分の氏名や電話番号まで明記して、自分が本件署名活動及び本件特別委員会における調査に対する抗議活動に積極的に関与していることを周囲に知らしめた。

六  原告の損害の有無及び程度

1  原告の主張

(一) 慰謝料

以下の事情に照らすと、原告が前記一ないし五記載の各不法行為により被った精神的損害を慰謝するためには、少なくとも三〇〇万円が必要である。

(1) 権利の性質

右の各不法行為により侵害された原告の権利は、プライバシー権や名誉権等、人格の根元に関わる重要な人権である。また、署名活動等の社会的表現活動の自由は、憲法二一条、一三条、一六条等で保障されており、民主政治の根幹をなす権利として厚く保護されなければならない。もし、社会的表現活動の自由が侵害され、その侵害行為について地方自治体や侵害の実行者が痛痒を感じない程度の金額の慰謝料しか認容されないとすれば、右自由の侵害を抑止することができない。

(2) 侵害者・加害者の地位

右の各不法行為を行ったのは、法が特別に公正さと信頼の確保を義務づけている公務員たる地方議員であり、民間人が同様の不法行為を行った場合に比して被害者の被る精神的な不愉快さは一層大きい。

(3) 行為態様・組織性・執拗性

右の各不法行為の態様は、被告議員らが、本件署名活動とこれに協力したA川議員を敵視し、それに対して様々な抑止、威圧、妨害を加えるため、地方公共団体の議会や議会広報誌を利用して、住民運動への参加を選挙犯罪であるかのように宣伝したものであり、組織的かつ三重四重に繰り返し行われており、極めて悪質である。

(4) 故意・積極的加害意思

故意・積極的加害意思により行われた侵害行為は、過失による侵害行為よりも重大であり、被害者の被る精神的苦痛も大きく、慰謝料が増額されるべきところ、被告議員らは、全員共謀の上、本件署名活動とA川議員の活動に対する積極的加害意思をもって右の各不法行為を行ったものである。

(5) 行為後の無反省

侵害者が、侵害行為後も全く反省をせず、かえって事実関係や法的責任を争うことは、被害者の精神的苦痛を増加させるものであり、慰謝料も増額されるべきところ、被告議員らは、原告の抗議に対して何ら誠意ある回答をせず、本訴提起後も徹底的に事実関係や法律解釈を争った。

(二) 弁護士費用

原告は、平成八年一月二五日に被告らに配達された内容証明郵便をもって三〇〇万円の支払いを請求したが、被告らが請求に応じなかったため、やむなく弁護士を依頼して本訴提起に及んだ。そこで、弁護士費用として三〇万円を右の各不法行為により生じた損害としてその賠償を求める。

2  被告らの主張

原告主張の内容証明郵便が平成八年一月二五日に被告らに配達されたことは認め、その余は争う。

七  被告らの責任の原因の有無

1  原告の主張

(一) 被告市

被告議員らは被告市の公権力の行使に当たる公務員であり、その職務について、前記一ないし五の各不法行為をなしたものであるから、被告市は国賠法一条一項に基づき、原告に対し、前記六の損害を賠償すべき責任を負う。

(二) 被告議員ら

国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員がその職務について不法行為を行った場合、少なくとも当該公務員に故意又は重過失があるときには、当該公務員は民法七〇九条に基づき、個人として損害賠償責任を負うものと解すべきところ、被告議員らは、A川議員に事実上の制裁を加え、本件署名活動を抑圧しようとの積極的加害意思の下に、共謀の上、右の各不法行為をなしたものである。また、被告議員らは、一般の職員ではなく、自主的な政治判断に基づき自己の行動を決定する自由を基本的に有する市議会議員であり、その行動に法的責任を含む全責任を負ってしかるべきである。したがって、被告議員らは、民法七〇九条、七一九条に基づき、原告に対し、被告市と連帯して、前記六の損害を賠償すべき責任を負う。

2  被告らの主張

被告議員らは被告市の公権力の行使に当たる公務員であることは認め、その余は否認ないし争う。なお、公共団体の公権力の行使に当たる公務員がその職務として不法行為を行った場合、個々の公務員に対して直接損害賠償を請求することはできないから、この点だけからしても原告の被告議員らに対する請求は失当である。

第五争点に対する判断

一  本件特別委員会の設置について

1  原告は、被告議員らを始めとする市議会多数派が本件特別委員会を設置したこと自体が原告に対する関係で不法行為に該当する旨主張するが、本件特別委員会が地方自治法上の設置要件を充足していたか否か、あるいは、設置された目的がいかなるものであったかはさておき、本件特別委員会の設置が直ちに原告の権利ないし法益を侵害することになるものとは容易にいえない。

2  そして、先に判断したとおり、本件特別委員会は、青梅市議会が必要と判断して一定の目的に向けて設置されるに至ったことに加えて本件特別委員会が必要と認める時期に必要と認める参考人等を順次招致する等して活動した経緯をも斟酌すれば、本件特別委員会の設置自体が原告に対する不法行為となるものでないことは明らかである。したがって、原告の右主張は採用することができない。

二  D川及びE原に対する意見聴取について

1  原告は、被告議員らがD川及びE原からの意見の聴取において取得した原告に関する情報は原告のプライバシーに関わる事柄であり、被告議員らがこれらの事実を原告の意思に反して強制的にD川及びE原から取得したことは原告のプライバシー権を侵害するものであり、原告に対する関係で不法行為に当たる旨主張する。

2  個人の私生活に関わる事柄の内には、公表することが憚られ、本人の同意なしに事実関係を調査し、これを公表することによって当該個人の私生活の平穏を害し、精神的苦痛を被らせた者に対して損害を賠償させることとして、その秘密を保護すべき領域、プライバシーがある。もっとも、そのようにして保護すべき事柄にあたるか否かが先験的に決まっていると考えることはできず、その事柄の性質はもちろん、これを調査し、公表する必要性、調査、公表の方法等を総合して結論が得られるものとするのが相当である。

ところで、前記前提事実によれば、本件署名活動は、署名者がその名をもって、青梅市に対し、通学児童・生徒のいる沢井・御岳地区の家庭に対する通学費の補助の復活を求めるものであって、それ自体公共の利害に関わる事項であるから、参加した者は署名活動そのものとともにこれに対する社会的評価を免れることはできず、被告議員らがD川及びE原から聴取した原告に関する事実は、他人による干渉を許すべきではない私生活上の事実とはいえない。他方、本件特別委員会は、A川議員の質問に端を発した議会の紛糾の中で設立され、付託された事案の解明のために順次意見聴取等を進めたものであり、その過程で実行に関与した人物の特定がなされた経緯にある(D川、E原からの意見聴取が強制的方法でなされたことを窺わせる証拠はない。)。

そうであれば、原告が署名活動に積極的に関与しておきながら、他方でその事実を秘匿したいと希望したからといって、その希望が事情の如何にかかわらず保護されるべき理由はなく、D川及びE原に対する意見聴取が違法であるとすることはできない(なお、D川及びE原からの意見聴取を、陳情に対する干渉として見るとき、そこに慎重な取り扱いを求めるべき事情があることは次に本件意見聴取について述べるとおりである。)。原告の右主張は採用することができない。

三  本件意見聴取について

1  原告は、本件意見聴取は、原告のプライバシー権、思想良心の自由、結社の自由及び請願権を侵害するものであった旨主張するが、当裁判所は、右主張はいずれも理由がないと判断する。以下、その理由を順次説明する。

2  プライバシー権侵害の主張について

原告は、原告が本件署名活動や被告市への陳情等に参加したか否か、どの程度関わりを持ったかの事実、及び、自治会、婦人会あるいはPTAという任意の組織に原告が加入していたか否か、さらには役員となっていたか否かという事実は、原告の私生活上の事実であり、かつ、本件意見聴取は事実上の強制の下で行われたものである旨主張する。

(一) しかしながら、前記二記載のとおり、原告の本件署名活動への関与に係る事実は他人による干渉を許すべきではない私生活上の事実にあたるとは言い難く、なされた質問には関与の態様を巡って詳細な点に触れるものがあるが、これもその他の経緯と合わせて検討すると、結局相手方に損害賠償をさせることによって保護すべき事実には当たらないというべきである。また、本件意見聴取において原告と自治会、婦人会、PTA等の団体との関係が取り上げられたのは、質問した委員において、通学費補助という類の問題はそれら団体を通じて申し出れば足りることであるし、青梅市は通学費補助をどうするかについてあらかじめそれら団体との協議を経ているとの委員自身の認識を示し、それについて原告の見解を尋ねるというに止まり、原告とそれら団体との関係自体を問題としたものではないから、原告の主張は前提を欠くといわざるを得ない。また、それらの団体は本来社会的な活動を行うことを目的とするものであって、その活動が社会的評価の対象となる事項である以上、そのような団体への関与の事実は一般的には保護すべき私生活上の事実にあたらないと解すべきことは右と同様である。

(二) さらに、《証拠省略》を総合すると、本件意見聴取は地方自治法一一〇条四項、一〇九条五項に基づくものであって、原告が本件特別委員会への出頭や、意見の陳述を拒んだり、虚偽の陳述をしたとしても、何らの制裁も科されないものであったこと、原告に対して本件特別委員会への出席を求めた「委員会出席要請書」証人出頭請求書の文面には、何ら強制的な色彩を帯びる表現が用いられていないこと、原告は、右書面を受け取って、拒否できるのだろうか、何を聞かれるのだろうかと不安な気持ちになったものの、最終的には、いずれにせよ出席しなければならないのなら、通学費の補助について話をしてこようと考え、本件署名活動に当たっては相談に与ったB野前議員やA川議員に助言を求めることもなく、自らの判断で本件特別委員会に出席することを決意したものであること、本件意見聴取は、平成五年二月一日午後二時から行われる予定であったところ、原告の勤務の都合により、同日午後一時から行われることに変更されたものであり、終了時刻も事前に同日午後二時二〇分と定められていたこと、さらに、被告議員らの個々の質問の状況をみると、被告B山が、本件特別委員会の委員長として代表質問を行い、その後、約一〇分間の休憩をはさんで、被告D原、被告E田及び被告A田において補充質問を行ったものであること、被告B山による代表質問の内容は前記前提事実五1記載のとおりであり、その言葉遣いも丁寧なものであるうえ、原告が回答を拒否した事項について、更に追及的な質問を重ねたものではなかったこと、被告D原及び被告E田による補充尋問の内容は前記前提事実五2、3記載のとおりであり、これらの質問、殊に被告E田による質問が追及的なものであったことは否定し難いとはいえ、その質問は原告に対して強制を加えたと評すべきほどのものとはいい難いうえ、さほどの長時間にわたるものでもなかったこと、原告は、右の代表質問及び補充質問において、回答することを欲しない事項については、明確に回答を拒否したことなどの事実が認められ、これらの事情を総合すると、本件意見聴取は、あくまでも原告に任意の意見の陳述を求めたものにすぎず、事実上の強制の下で行われたものとは認められないというべきである。

これに対し、原告は、①原告は正式な文書で本件特別委員会への出頭を要請されたものであり、しかも、被告B山に対し、事前に電話をかけ、出頭しなかったらどうなるのか質問したところ、同被告は、もう一度おいでいただくことになる旨回答したのであって、原告は右出頭要請に応じなければ出頭するまで何度でも呼出が続くとの恐怖感を募らせて本件特別委員会に出頭した、②本件意見聴取は、市役所庁舎という権力の集中する建物内の一室において、公権力を有する市議会の正副議長を始め、本件特別委員会の正副委員長、委員など市議会議員一〇名、さらに被告市職員を併せて一四、五名にコの字型に囲まれ、全員の目と耳が原告の態度、返答の一言一句に集中する中で、一時間強にわたりなされたものであり、原告にとって、およそ自由な雰囲気の中で自発的な発言ができる状況ではなかった、③被告議員らの質問は威圧的、高圧的であり、原告が返答すると同時に間髪を入れずに次の質問がなされ、原告が返答を拒否した事項についても何度も執拗に尋ねるものであったとして、本件意見聴取は事実上の強制の下で行われたものである旨主張し、また、本人尋問においてもこれに沿う供述をする。

しかしながら、右①については、本件委員会への出席を渋る原告に対して、その翻意を促すのは、本件特別委員会の委員長たる被告B山にとって、当然の職責であって、そのこと故に本件意見聴取が事実上の強制の下で行われたものといえないことは明らかである。また、②については、本件意見聴取が本件特別委員会により公権的に行われたものである以上、その手続は厳格なものであることを免れず、その結果、一私人たる原告が雰囲気に飲まれて緊張したであろうことは容易に推察されるところであるけれども、前記のとおり、原告は、被告議員らによる代表質問及び補充質問において、回答することを欲しない事項について明確に回答を拒否しているのであって、このことからすると、原告が自発的な発言を全くなしえなかったということはできない。さらに、③の点については、前記のとおり、被告議員らによる質問の一部が追及的なものであったことは否定し難いとはいえ、本件意見聴取の会議要録をみても、質問が高圧的・威圧的なものであったとか、原告が返答を拒否した事項についても何度も執拗に尋ねるものであったとは認められない。したがって、原告の右主張は採用することができない。

(三) 右のとおり、被告議員らによる本件意見聴取が原告のプライバシー権を侵害した旨の原告の主張は、理由がないものというべきである。

3  思想良心の自由の侵害の主張について

原告は、被告議員らは、本件意見聴取において、原告が日本共産党を支持していることの表白を求め、もって、原告の思想良心の自由を侵害した旨主張する。

しかしながら、先の前提事実によれば、原告に対してなされた質問は、本件署名活動を推進した者が誰であるのか、原告はその中でどのような役割を果たしたのかとするに止まり、署名活動を推進した者の主義、主張が何であるか、それについて原告がどのように考えているかに触れるものではないことが認められ、また、本件特別委員会は、調査を進める中で、A川議員について公職選挙法違反の疑いがあるとの一定の心証を得たために、付託された事案の解明のためには、避けて通ることができないものとして右の質問に至ったものと認めることができないではない。原告がこれを自己の思想良心の自由に関わることであると理解し、自己の抱懐する思想の表現として参加した本件署名活動について尋ねられることがとりもなおさず原告の思想良心の自由を侵害するものであると理解したからといって、右の趣旨の質問が当然に許されなくなる理由はない。むしろ、いったん表現された以上は、その趣旨について社会的評価を受け、あれこれ尋ねられることがあり得ることは原告の甘受しなければならないところである。また、前記1(二)記載のとおり、本件意見聴取は原告に対して任意の意見の陳述を求めたに止まり、事実上の強制下においてなされたものとまでは言い難い。そうであれば、被告議員らが原告に対して右の趣旨の質問をしたことが原告の思想良心の自由を侵害したものということはできない。原告の右主張は採用できない。

4  結社の自由及び請願権侵害の主張について

原告は、被告議員らが、本件意見聴取において、ふやす会の内部構成や運動の詳細を調査して情報を得ようとしたことや、原告に対し、本件署名活動が公職選挙法に違反する違法な活動であるかのごときの指摘や、地元自治会や地元選出の市議会議員に相談をせずに行ったことが不相当である旨の指摘をし、原告に罪悪感を植え付け、あるいは、精神的な打撃を与え、もって、原告の結社の自由及び請願権を侵害したものである旨主張する。

ところで、請願とは、国又は地方公共団体の機関に対して、その職務に属する事柄について希望を述べることであり、何人も、請願をしたためにいかなる差別待遇も受けないのであるが、そこには、請願を実質的に萎縮させるような圧力を加えることも許されないとの趣旨が含まれており、請願を受けた国又は地方公共団体が、請願の趣旨を釈明する限度を超えて、請願した者に対して反対の事実を説明し、説得する等のことは許されないものと考えられる。請願と陳情との違いはあるものの、本件署名活動の成果についてもこれと異なって理解すべき理由はない。

本件にあっては、非公開の委員会の場において、原告に対して、本件署名活動が公職選挙法に違反する違法な活動であるかのごとき指摘がなされ、地元自治会や地元選出の市議会議員に相談をせずに行ったことは相当でない旨の意見の表明がなされたところであり、それらが本件署名活動ないし自治会、婦人会、PTA等の団体を通じない住民の陳情活動一般に対して事実上の抑止的効果を及ぼすおそれが強いものであったことは否定し難い。このことは、本件調査報告書にD川及びE原の本件特別委員会における発言として「この署名活動が青梅市議会の一〇〇条調査特別委員会にまで発展してしまい、私たちが非常にいけないことをし、多くの議員を騒がせてしまったのかと感じている。」、「このような委員会に出席しなければならないのであれば、もう補助金などはどうでもいいというのが正直な感想である。」などと記載されていることからも十分に窺われる。被告議員らの原告に対する前記の指摘、発言はまことに不適切であったというほかない。

しかしながら、他方、本件署名活動は、前記のとおり、通学児童・生徒のいる沢井・御岳地区の家庭に対する通学費の補助の復活を求めるものであって、それ自体公共の利害に関わる社会的活動である以上、地域社会からの様々な評価・批判を受けること自体を避けることはできない。そして、本件特別委員会は、先のとおりの経緯で、青梅市教育委員会に対してなされた陳情に係る本件署名活動について参考人等から意見聴取を行うに至ったものである。また、《証拠省略》によると、被告E田は、本件意見聴取において、原告に対し、「先ほどからいろいろかなり四角張った質問なものですから、A野さんの方も大分警戒されて答えを探しているような感じをお持ちになっているかもしれませんが、通学費の問題そのものについて私たちどうこうというつもりはないわけであります。」、「一市民として運動することについては何のこれは問題もないわけでありますが、」などと発言していることが認められ、被告議員らとしても、自らの発言が住民運動に対する事実上の抑止となりかねないことを認識し、それなりの配慮をしていたことが窺われないではない。

そうであれば、特別委員会における本件意見聴取が、本件署名活動に対する評価ないし意見の表明としての相当な限度を超えて、原告の請願権を侵害したとまで認めることはできない。

なお、特別委員会における原告からの本件意見聴取は、本件署名活動を離れて、これを推進した団体の設立自体を取り上げるものであったとは認められないところであるから、結社の自由が侵害されたとの原告の主張については前提を欠くといわなければならない。

以上のとおり、被告議員らが本件意見聴取において原告の結社の自由及び請願権を侵害した旨の主張は採用することができない。

四  本件調査報告書の公表及び可決について

1  原告は、本件調査報告書が市議会本会議で公表されたこと及び報告書として可決、承認されたことは、原告の名誉権、プライバシー権、思想良心の自由、結社の自由及び請願権を侵害するものである旨主張するので、以下、順次検討する。

2  名誉権侵害の点について

前記前提事実によると、本件調査報告書は、これを全体として評価すると、本件署名活動が、全く政治的意図を有しない市民を公職選挙法違反の疑いがある活動に引き入れて、かつ、その者らを表に立てる形で利用し、非常に巧妙な方法で行われた選挙運動の一環であり、原告が右署名活動の実質的推進者の一人であったと結論づけたものであって、一般の市民に対して原告がはなはだ良からぬ人物であるとの印象を与えるものということができる。一般的な社会通念に照らし、このような結論が原告に対する社会的評価を低下させるものであることは明らかである。したがって、被告B山が、青梅市内全域の自治会役員五〇名以上が傍聴している市議会本会議において、本件調査報告書を朗読して公表したこと、及び、青梅市議会が、本件調査報告書を被告議員らを始めとする議会多数派の賛成により可決、承認したことは、原告の名誉を著しく侵害したものというべきである。

3  プライバシー権及び思想良心の自由の侵害の点について

前記前提事実によると、本件調査報告書は原告が共産党関係者であると指摘していることが認められるところ、特定政党の関係者あるいは支持者であるとの事実は憲法一九条に定める思想良心の自由に関わる事実であると解されるから、被告B山が、市議会本会議において、本件調査報告書を朗読して公表したこと、及び、青梅市議会が、本件調査報告書を、右本会議において、被告議員らを始めとする議会多数派の賛成により可決、承認したことは、本件調査報告書が主張、断定しているその他の事実関係とあいまって、原告を著しく困惑させることにより、原告の思想良心の自由を侵害したものと認めるのが相当である。

ところで、思想良心の自由も本来他人の介入を許さない領域であるという意味ではプライバシーと同質であり、原告がこれと別にプライバシーの侵害を主張するのであれば、社会的な活動を行うことを目的とする政党の関係者であるという事実自体は、本人の承認なしに公表することが損害賠償の制裁をもって保護されるべき個人の私生活上の事実にあたるとすることはできない。

4  原告の結社の自由及び請願権の侵害の点について

原告は、本件調査報告書の公表及び可決は、原告の結社の自由及び請願権を侵害するものである旨主張するが、本件署名活動が結社の自由や請願権の行使として行われたものであったとしても、前記のとおり、その活動が社会的活動である以上、社会からの様々な評価・非難を免れるものではなく、また、本件調査報告書は本件署名活動の一側面を取り上げて一定の評価をするものに過ぎないから、それが名誉権、思想良心の自由の侵害となることは別として、原告の結社の自由や請願権を侵害するものとすることはできない。原告の右主張は理由がない。

5  権利侵害の違法性について

右のとおり、本件調査報告書の公表及び可決は原告の名誉権及び思想良心の自由を侵害するものと認められるが、他方、国賠法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を与えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責めに任ずべきことを定めるものであるから、本件調査報告書の公表及び可決が同項の適用上違法となるのは、その行為が地方公共団体の議会(以下「地方議会」という。)の議員として個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背してなされた場合に限られることとなる。

ところで、地方議会は、地方公共団体の行政活動について、議決権(地方自治法九六条)、選挙権及び予算増額修正権(同法九七条)、検閲・検査権及び監査請求権(同法九八条)、機関委任事務についての説明請求・意見陳述権及び意見書提出権(同法九九条)その他の広範な権限を有する地方公共団体の最高の意思決定機関であり、その構成員たる議員は、当該地方公共団体の住民の間に存する多様な利害を調整して当該地方公共団体の意思を形成すべき役割を担っているから、その役割を全うするためにはできるだけ議員の自由な発言等が保証される必要があり、その際いかなる問題を取り上げ、どのように議論すべきかについてもある程度の裁量が認められなければならない。しかしながら、地方議会の議員にあっては、憲法五一条が国会議員について認めていると同様の特権が憲法上保障されているわけではない(最高裁判所昭和四二年五月二四日判決刑集二一巻四号五〇五頁)ことをも考慮すると、原則として、議会活動を行うにあたりその発言等により市民の権利、就中、市民の名誉権や思想良心の自由を侵害することがないように注意すべき義務を負い、右の裁量は行為が違法であるか否かを決するに際して考慮すべき一事情であるに止まるものと解するほかない。本件特別委員会は地方自治法一〇〇条に定める調査権限を与えられたのであるが、同条も事柄の重要性に応じて資料の収集に便宜をはかるとするに止まり、それ以上に議員の発言等に基く第三者に対する責任を免じたり、あるいは減じたりする趣旨を含むものではないと考えられる。

本件にあっては、本件署名活動に関して、それが犯罪に関わるものと受けとられる趣旨を断言する内容の報告を、本件報告書に基いて朗読し、かつ、これを可決、承認したというのであるから、地方議会の議員の立場を考慮に入れてもなお、それが原告の名誉権及び思想良心の自由を侵害する違法な行為であることは明らかであり、他方、一般の不法行為法理に照らし、その違法性を阻却すべき事由については何らの立証もなされていないから、本件調査報告書の公表及び可決は、国賠法一条一項の適用上、違法の評価を免れない(なお、被告らは、本件調査報告書は、本件意見聴取における原告との問答を正確に取りまとめたものであって、その内容は虚偽ではない旨主張し、その趣旨は、原告の名誉権侵害について、いわゆる真実性の主張をするものとも解されないではないが、原告の名誉権を侵害すべき事実は、前記のとおり、本件署名活動が非常に巧妙な選挙運動の一環として行われたものであり、原告が右署名活動の実質的推進者の一人であったという事実であって、本件意見聴取における原告との問答ではないから、被告らの右主張は、それ自体失当である。)。

6  そして、本件調査報告書の結論が原告の名誉権及び思想良心の自由を侵害するものであることは、被告議員らにおいて容易に認識することができたものであるから、右侵害について被告議員らの過失もまた優に認められる。

7  したがって、被告市は、国賠法一条一項に基づき、本件調査報告書の公表及び可決による原告の名誉権及び思想良心の自由の侵害について、損害を賠償すべき責任を負う。

五  本件広報誌の配布について

1  原告は、本件広報誌の配布が、本件調査報告書の公表と同様、原告の名誉権、プライバシー権、思想良心の自由、結社の自由、請願権の各権利を侵害した旨主張する。

2  ところで、前記前提事実によれは、平成五年四月末から同年五月初めころにかけて、本件広報誌が青梅市内の全世帯に対して配布されたこと、その第七面に本件調査報告書の結論部分の全文が掲載されたこと、右掲載に当たり、原告の氏名が「Aさん」に置き換えられたことがそれぞれ認められる。

そして、本件調査報告書の結論部分が、原告の名誉権及び思想良心の自由を侵害する内容の記載を含むことは前記四記載のとおりであり、かつ、本件広報誌による情報の伝達は、本件調査報告書の市議会本会議での公表に比して格段に広範囲に及ぶものであることに鑑みると、本件広報誌の配布は、原告の名誉権及び思想良心の自由をより一層侵害したものということができる。なお、本件広報誌の記事において、原告の氏名は匿名とされているが、前記前提事実によると、本件調査報告書が公表された市議会本会議には、青梅市内全域から自治会役員が五〇名以上傍聴していたことが認められるのであって、右記事を読んだ住民は、地域の自治会役員に問い合わせをすることにより、容易に原告を特定することができたであろうと推認されるから、右記事において原告の氏名が匿名とされていたことは、原告の名誉権及び思想良心の自由が侵害されたとの認定を左右しない。

3  これに対し、本件広報誌の配付は、原告のプライバシー権、結社の自由及び請願権を侵害するものではないと解すべきことは、前記四記載のとおりである。

4  以上により、被告市は、本件広報誌の配布による原告の名誉権及び思想良心の自由の侵害について、損害を賠償すべき責任を負う。

六  被告議員らの責任について

前記前提事実によると、本件調査報告書の公表及び可決並びに本件広報誌の配布は、被告議員らその他の被告市の担当職員によって、職務を行うにつきなされたものであることが認められる。原告は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員がその職務について不法行為を行った場合、少なくとも当該公務員に故意又は重過失があるときには、当該公務員は民法七〇九条に基づき、個人として損害賠償責任を負うものと解すべきであると主張するが、当裁判所と見解を異にする。原告の主張するとおり、地方議会の議員の発言が市民の権利を侵害し、個人としてこれによる損害の賠償の責に任ずる場合があり得るとしても、前記前提事実に照らして、本件はそのような場合には当たらないものと考えられる。

七  損害について

原告は、本件調査報告書の公表及び可決並びに本件広報誌の配布の一連の行為により名誉権及び思想良心の自由を侵害され、精神的苦痛を受けたと認めるべきところ、これ償うための慰謝料の金額については、諸般の事情に照らし、八〇万円と認めるのが相当であり、弁護士費用としては被告市が負担すべき金額は一〇万円と認めるのが相当である。なお、遅延損害金については、本件広報誌の発行日である平成五年五月一日を起算点とするのが相当である。

八  結論

以上のとおり、原告の被告市に対する請求は、九〇万円及びこれに対する平成五年五月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるから、これを認容し、被告市に対するその余の請求及び被告議員らに対する請求は理由がないから、いずれも棄却することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 曽我大三郎 裁判官 中山節子 佐藤英彦)

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